市民による自主的なビオトープの造成、管理運営

潮見公園(ビオトープ・イタンキ)

カテゴリー:市民参画 機関誌「公園緑地」掲載事例 環境教育 生物多様性

潮見公園(ビオトープ・イタンキ) 写真

施設概要

所在地 北海道室蘭市東町3丁目、みゆき町3丁目
開設 昭和49年
面積 13.95ha(全体25.5ha)
公園種別 総合公園
設置・管理者 室蘭市(都市建設部 都市政策課 緑化公園係)

 室蘭市のイタンキ浜を含む潮見公園にある「ビオトープ・イタンキ」は、多様な生物のすみかとなっており、子どもたちが自由に遊び、採集もできる「獲物のあるビオトープ」であり、「自然体験の場」であることを目的としています。
 このビオトープ・イタンキは、「NPO法人ビオトープ・イタンキin室蘭」が管理運営しており、室蘭市は、ビオトープを公園施設として正式に譲り受け協働で管理するにあたり、「室蘭市ビオトープ憲章」を制定し、「ビオトープ・イタンキ管理協定」を結びました。
「公園緑地」 第73巻 第五号(2013年5月)掲載

詳細

1.背景・目的

 室蘭市には、「鳴砂」やサーフィンスポットとして有名なイタンキ浜という海岸があります。その海岸を含む潮見公園には、行政に頼らず、市民の力だけで造成された約1ヘクタールのビオトープがあります。現在そのビオトープは「ビオトープ・イタンキ」の名で市民に親しまれ、「NPO法人ビオトープ・イタンキin室蘭(以下、「NPO」)」によって管理運営がされています。

  ことのはじまりは平成10年までさかのぼります。のちのNPOの理事長となる大西勲さんは、子どものころ当たりまえにあった自然が、いつのまにか辺りからなくなっていることに気づき、がく然とします。そこで、未来の子どもたちのためにと、近所の潮見公園の未供用区域でのビオトープの造成を室蘭市に提案しましたが、前例のない提案に室蘭市が首を縦に振ることはありませんでした。

  そこで大西さんは、一旦、行政に頼ることをやめ、以下の活動を行い、潮見公園内のビオトープ造成への準備を始めました。
(1)潮見公園内のわき水を利用した小さな池で、年々失われつつある室蘭在来の湿地性の動植物を救出し、増殖・保存する。
(2)海岸に隣接する潮風最前線に植樹をするために、海岸に自生する樹種を調査し、実生の苗木を育成する。
(3)ホタルの復活を目指し、近郊のヘイケボタルを累代飼育し、増殖・保存する。

  これらの活動を地道に続けた結果、平成18年、NPOは室蘭市から公園施設としてのビオトープの設置・管理許可を得ることができました。しかし、室蘭市からの予算措置はむずかしいことから、各種基金などから助成を受け、ビオトープを造成することとしました。

  その後、年々着実に造成をすすめ、平成23年の春、ついに約2,000㎡の自然観察池を含む、全体で約1ヘクタールのビオトープの造成が完了しました。水域の広がりが増すにつれ、自然の回復は順調にすすみ、生息するトンボは22種を数え、ミズカマキリやガムシも飛来・定着しました。増えてきた淡水魚を狙ってカワセミも姿を見せるようになり、ホタルの復活も実現することができました。

 2.取り組み内容

室蘭市ビオトープ憲章の制定

  ビオトープの造成が完了したことを機に、室蘭市とNPOは今後のビオトープのありかたについて話し合いの場を持ちました。これまで慎重な対応を続けてきた室蘭市ではありましたが、これまでのNPOの活動を評価し、ビオトープを公園施設として正式に譲り受け、協働で管理していくことを決めました。協働で管理するにあたり、この成果を10年後も、100年後も生かし続けていくために、NPOのビオトープ・イタンキへの願いを込めた「室蘭市ビオトープ憲章」を制定しました。この憲章は、市の広報紙などで周知したほか、現地に案内図とともに掲げています。
室蘭市ビオトープ憲章( 平成23年8月1日制定)

  ビオトープ・イタンキが、未来を担う子どもたちによって、ふるさと室蘭の自然を学ぶ場として活用され、また、自然を愛する市民によって、後世に末永く引き継がれることを願い、ここに室蘭市ビオトープ憲章を制定します。
1.ビオトープ・イタンキは、「獲物のあるビオトープ」として、子どもたちがじかに生き物に触れ、体感し、自然の恵みや命の大切さ、ふるさとの自然と環境について学ぶ場です。
2.ビオトープ・イタンキは、かつて私たちの身近にあって、今は失われた「室蘭の湿原」をモデルとして、自然再生を図る場です。
3.ビオトープ・イタンキは、室蘭市の公園として、市民と行政との協働によって、大切に維持・管理されます。
ビオトープ・イタンキ管理協定の締結

  また、この「室蘭市ビオトープ憲章」の目的を達成し、また、室蘭市とNPOが協働してビオトープを管理していくために、両者の間に「ビオトープ・イタンキ管理協定」を結びました。協定の概要は以下のとおりです。
(1)室蘭市とNPOは、利用者の心得(「生物の採取は自然学習用に限ること」や「ペットや外来種を持ち込まないこと」など)の周知に努める。
(2)室蘭市は、NPOの企画や提案を尊重し、必要な援助を行うなどの役割と責務を果たし、NPOと協働で管理する。
(3)NPOは、知識や経験、能力を生かし、室蘭市に積極的に企画や提案するなどの役割と責務を果たし、室蘭市と協働で管理する。

  現在NPOは、会員(約50名)の会費(年会費1,000円)や寄付金などを用いて、生物の管理や植樹、児童を招いての観察学習など現地での活動に取り組み、室蘭市は、NPOの提案を受け、通常予算の範囲内で、現地のハード整備(案内板設置や植樹地の土壌改良など)などの支援を行っています。

3.苦労・工夫した点

 「室蘭市ビオトープ憲章」と「ビオトープ・イタンキ管理協定」をつくるにあたって特に配慮したことは、市民参加のありかたをどうみせるかということです。

  従来型の市民参加というと、行政の仕事の一部を市民に請け負ってもらうというような、「行政から市民へのお願い」という側面が強かったと思います。今回の事例は、「市民のやりたいことを行政がサポートする」というような、市民が行政を動かした好例であり、より市民参加がすすんだ状態であると言えます。このことを特に頭に置きながら、「室蘭市ビオトープ憲章」と「ビオトープ・イタンキ管理協定」の作成作業をすすめました。

  また、実際のNPOの活動のこだわりとしては、「かつての室蘭の自然をモデルに」、「導入する生物は在来種のみ」、「子どもたちの環境学習のために」、「獲物のあるビオトープ」、「ホタルの復活」…などといくつものキーワードが思いうかんできます。このこだわりや情熱があったからこそ、ここまでの活動ができたのではないでしょうか。

4.効果・成果

多様な生物のすみかに

  かつて室蘭には、いたるところにホタルが生息していたそうです。しかし、経済の高度成長の時代を経て、ホタルの生息できる環境はことごとく失われ、地域絶滅種となってしまいました。このホタルを復活させるために、NPOは、平成18年と19年に飼育していた計1,280匹のヘイケボタルの幼虫を放流し、その後、放流を手伝った児童らと観察会を続けて経過を見守りました。定着はわずかでしたが年々発生数も増え、幼虫放流の影響の消えた平成22年夏には、市民観察会も連日開催し、多い日で23匹の発光が確認でき、「室蘭にホタル復活」を実現することができました。

  また平成19年には、北海道トンボ研究会の研究者たちが調査のためにビオトープ・イタンキを訪れ、ショウジョウトンボ、マダラヤンマ、タイリクアカネなど貴重な種が多数生息していることを大変評価していただきました。この他にも、動物類では、エゾヤチネズミ、ノビタキ、カワセミ、ニホントカゲ、エゾアカガエル、トミヨ、エゾホトケドジョウ(絶滅危惧種)、ニホンザリガニ(絶滅危惧種)、ギンヤンマ、ヨツボシトンボ、ヒメアカタテハ、植物類では、エゾノリュウキンカ、ミズバショウ、ミツガシワ、クリンソウ、ミクリ、サンカクイ、エゾミソハギ、アキグミ、ガマ、エゾカンゾウ…などが確認でき、多様な生物のすみかになっています。
獲物のあるビオトープ

  子どもたちが小さな生き物に触れるとき、現実にはその生き物を死なせてしまうことがほとんどです。しかし、このような積み重ねの中からこそ「命のはかなさと大切さ」が理解されていきます。このビオトープ・イタンキは、子どもたちが自由に遊び、採集もできる「獲物のあるビオトープ」であり、「自然体験の場」であることを目的としています。

  現在は、小学校の授業としての自然体験も次第に受け入れ可能になってきており、訪れた子どもたちは、トンボやカエルを発見するたびに歓声を上げ、獲物とりに夢中になっています。

  この「獲物とり」で歓声をあげる子どもたちの風景を、大西さんを始めとするNPOのメンバーはどれだけ待ち望んでいたことでしょう。これまでの努力が報われた瞬間であったと思います。

5.課題

 このように、順調にすすんできたビオトープ・イタンキではありますが、他方、市民にとっては、場所がわかりづらいだけでなく、そもそも存在自体も知らない人が多数派であると言わざるをえない状況です。
今後は、ビオトープの適正な管理に加え、市民への周知や、小学校の自然環境学習などのさらなる活用をいかにすすめるかということが課題であると言えます。

6.今後の展開

 以上の「市民による自主的なビオトープの造成、管理運営」の事例は、室蘭の貴重な自然を守っているだけではなく、行政に頼らずに、市民が自ら考える自分たちのビオトープ・公園づくりをやったという、これからの新しい時代の市民参加のありかたが問われた好例であると思います。

  このNPOの活動の影響は、市内の他の市民活動団体にも少しずつ広がりつつあり、大げさかもしれませんが、室蘭の将来へ明るい光がさしたようにも感じています。

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